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ナツユメ@KAAT神奈川芸術劇場大スタジオ

2025年6月7日、KAAT神奈川芸術劇場大スタジオにて『ナツユメ』を観劇(1時間50分、休憩なし)。『夏の夜の夢』の翻案でした。
ロボットの少女ヘレナが、恋を知り、夢を見るというプロットで、ヘレナの夢という枠組みの中で物語が進みます。ヘレナは最初、私たちがイメージする典型的なロボットの動き方と話し方をしていて、役者の演技が上手だと思いました。ヘレナが恋を知った後も、基本的にはロボットなのですが、感情が高ぶった時には人間らしい動き方や話し方が見られて、その切り替わりの滑らかさが良いなと思いました。
ヘレナはロボットですが、ハーミアは人間です。そして二人は、シェイクスピアの原作通り、幼馴染みでした。ロボットのヘレナと人間のハーミアがどのようにして仲良くなったのか、物語が始まる以前のことを想像したくなりました。人間とロボットが一緒に暮らす未来が近いからかも、と思ってわくわくしました。
職人たちもロボットという設定でした。ロボットの劇団による演劇があったら面白そうだと思うので、こちらも近い未来を想像して楽しくなりました。シェイクスピアの原作でも「職人たちが公爵の御前で演劇!?」というところが面白いと思うので、意外性を持った劇団という意味では今回の上演における彼らも同じかもしれない、と思いました。
今回の上演で最も印象的だったのは、AIアバターがティターニアを演じていたことでした。「演じていた」と言っていいのか、「インプットされた状態で舞台上に存在していた」と言った方が良いのか、表現は難しいところですが、それだけ新しい試みだということです。人間が演じるロボットのヘレナと、そもそもAIアバターであるティターニアの、理由や効果の違いは何だろう?と考えるきっかけをくれる上演でした。ティターニアは、AIの有無にかかわらず、妖精の女王というだけで人間離れした存在です。そのことを表現するのに効果的な演出だったと私は思いましたが、答えは一つではないとも思いました。好きなように感じ取って良い、という上演だったと思うので、とても興味深かったです。

On 7 June 2025, I saw and heard Natsuyume at Kanagawa Arts Theatre in Yokohama. It was an adaptation of William Shakespeare's A Midsummer Night's Dream, and 'Natsuyume' was an abbreviation of a Japanese title of A Midsummer Night's Dream: Natsu no Yono Yume.
In this production, Helena, a robot, knows what love is for the first time and starts dreaming. At first, she moved and spoke like a typical robot, but after falling in love with Demetrius, she sometimes spoke emotionally, just like a human.
Helena was a robot but Hermia was a human. They were childhood friends as written in Shakespeare's original. I wondered how they, a robot an a human, became friends. I think that could be possible because human beings would live with robots in the near future, or it may be so already.
The mechanicals were also changed into robots in this production. I imagined the future world where a theatre company by robots will have a performance. It will be surprising but exciting. In Shakespeare's original, rude mechanicals, who are not expected to have a performance for the Duke, show comical but encouraging scene. Similarly, the scene of robots dreaming to have a performance was interesting.
The most impressing thing in this production was that an AI avatar played a role of Titania. That made me think what the difference was between Helena, a robot character but played by a human actor, and Titania, who was an AI avatar from the beginning. I think it was a good direction to show Titania's supernatural existence (as she is a fairy queen whether she is an AI or not), but each audience can have different impressions on that. I liked such an open-ended direction.

(開演前は写真撮影OKでした。)


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