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自己紹介 / Introducing myself

このブログを見てくれてありがとうございます。Rena Endoです。日本に住みながら、イギリスの大学院の博士課程(ディスタンスラーニングコース)に所属しています。 It's Rena Endo, living in Japan but attending a British university by distance learning. Research / Activity イギリス演劇を研究する大学院生・大学講師として、劇場と教室を繋ぐ存在になりたいです。その目標のための、学会発表や論文投稿、劇場でのレクチャーについて、お知らせや報告をしていきます。 I'm a PhD student studying the English drama and a Japanese theatre industry. I also teach at universities. My ambition is to be active at a classroom and at a theatre; I encourage students to enjoy stage productions (in addition to studying by turning a page), and I give academic (but not-too-formal) lectures to theatre enthusiasts at a theatre. I write about such activities in this blog. Theatre イギリス演劇以外にも、色々なジャンルの舞台芸術を鑑賞することが好きです。観劇の感想を投稿していきます。日本語と英語の両方で書いていくので、英語圏の友人にも読んでもらえたら嬉しいです。日本にはこんな舞台作品があるんだよ!と伝えたいです。 I enjoy seeing various kinds of theatre productions. When I see a performance, I write about what I see and how I think about it. The posts are written both in Japanese and in English, so I...
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A Midsummer Night's Dream at Shakespeare's Globe

2026年8月25日、Shakespeare's Globeにて A Midsummer Night's Dream を観劇(2時間30分、休憩込み)。 A Midsummer Night's Dream も観劇することの多い作品ですが、今回の上演でユニークだと思ったことが二つあります。それはヒポリタが妊娠中であったことと、タイテーニアのインドの子供が赤ん坊であったことです。ヒポリタとタイテーニアは同一の役者によって演じられていたので、赤ん坊を抱くタイテーニアの姿はヒポリタの少し先の未来というように見えました。オーベロンがその子を欲しがる理由(自分の小姓にしたいということ)には幼すぎる気もしましたが、役同士の繋がりを考えることが好きな私にとって興味深い演出でした。 (Caution: contains a spoiler.) On 25 August 2026, I saw and heard A Midsummer Night's Dream by William Shakespeare at Shakespeare's Globe. In this production, I found two distinct points that I had never seen in other productions of A Midsummer Night's Dream . One was that Hippolyta was pregnant and the other was that Titania's changeling boy appeared on stage as a baby. Hippolyta and Titania were played by one actress, so Titania with a baby looked like Hippolyta in the near future. I always like to find a connection between characters through casting strategies, so I fond this production interesting. 昼公演と同じ構図で写真を撮ってみました。

Much Ado About Nothing at Shakespeare's Globe

2026年8月25日、Shakespeare's Globeにて Much Ado About Nothing を観劇(2時間25分、休憩込み)。グローブ座を訪れるのは約4年振りでしたが、先週の続きくらいの感覚で観劇できました。以下、ネタバレ注意です。 最後の場面まで笑える箇所がたくさんあり、最後の場面のみ不安が残る、そんな演出でした。笑える箇所としては、ベネディックとベアトリスが騙される場面はもちろん、ベアトリスの才気煥発でドン・ペドロが振られる(?)ところや、"Kill Claudio"の台詞でも客席から笑いが出ていました。テンポが良く、楽しい上演だと全体的には思いました。 しかし最後の場面で、ヒアローは納得していないように見えました。濡れ衣が濡れ衣だったと分かったことは良かったですし、ヒアローとクローディオは確かに結ばれるのですが、めでたしめでたしという雰囲気はなく、ベアトリスとベネディックが結ばれるから「まあいいか」と手を取る、というように見えました。パンフレットの表紙には"Let the battle begin"と書かれていて、はじめはベアトリスとベネディックの「陽気なバトル」のことを指しているのだと思いましたが、もしかしたらヒアローとクローディオのぎくしゃくした感じも暗示されているのでは…と今になって思います。 Much Ado About Nothing はイギリスで人気の作品で、私も何度も観たことがありますが、このような終わり方は初めてで新鮮でした。 (Caution: contains a spoiler.) On 25 August 2026, I saw and heard Much Ado About Nothing by William Shakespeare at Shakespeare's Globe. It was hilarious until the last scene. The audience laughed a lot, especially when Benedick and Beatrice were tricked, when Don Pedro was rejected by Beatrice (it was not a serious heartbreak...

AGATHA@よみうり大手町ホール

2026年8月1日、よみうり大手町ホールにて『AGATHA』を観劇(2時間40分、休憩込み)。 アガサ・クリスティの失踪事件を題材にしたミュージカルですが、作品づくりにおける彼女の信念が見えたところが面白かったです。もちろん「彼女はどこに消えた?」「無事なのか?」「誰かの仕業か?」といった、周りの登場人物たちの言い方や歌い方は、それ自体ミステリー作品を観ているような感覚でしたが、単なる謎解きで終わらなかったところが良かったです。 アガサは(少なくとも本作品で描かれる彼女は)、事件のトリックよりも動機を大事にしています。多くの殺人事件を描きながらも、純粋な心を持つ彼女は、平凡な人が残酷な事件を起こしてしまうのはなぜかというところに興味を持ち、その人物の動機を知る(書く)ためには人間関係を観察することが重要だと言います。 私はミステリー小説の大ファンというわけではないのですが、アガサ・クリスティは好きでよく読んだり観たりしています。彼女の作品に惹かれるのはなぜか、言語化できずにいたのですが、このミュージカルを観て分かったような気がします。私は、登場人物間の関係や、そこから生じる動機(事件でなくともあらゆる言動についての動機やきっかけ)を丁寧に描く作家が好きなのだと思いました。 On 1 August 2026, I saw and heard Agatha at Yomiuri Otemachi Hall in Tokyo.  It was a Korean musical translated into Japanese, inspired by the actual incident when Agatha Christie mysteriously went missing. The musical itself was like a mystery to be solved by the audience, but I rather liked the characterisation of Agatha.  Agatha Christie (as an actual writer, or as a character in the production at least) is more interested in 'why' culprit...

ricca ricca festa 2026

国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ(りっかりっかフェスタ)に行ってきました。3本の作品を鑑賞し、シンポジウムを聞くこともできました。その感想を書いていきます。 I enjoyed an annual, international theatre festival for children and young people called Ricca Ricca Festa in Okinawa. I saw three performances and attended a symposium.  チップとチョコ/The Puppy Siblings, Chip and Choco  7月27日、テンブスホールにて『チップとチョコ』を観劇(45分、休憩なし)。人形劇団ひぽぽたあむによる人形劇でした。人形は人間の役者とは異なり、物理的に言ってしまえば、無機質な物です。それでも、台詞や場面に合わせて表情が変わって見えました。人形遣いの手や声を通して、人形に命が吹きこまれるからかもしれません。あるいは、観客が想像力で補いながら見るので、生き生きと見えるのかもしれません。見方、見え方、見せ方という三つの視点で興味深いため、人形劇や、人形が登場する作品は(人形と人間が共演する演劇を含めて)面白いと思います。 On 27 July, I saw a puppet show titled The Puppy Siblings, Chip and Choco . Physically speaking, puppets are just materials without emotions unlike human beings. Nevertheless, the puppets in the show looked to have emotions and their facial expressions seemed to change according to lines and scenes. Puppeteers were so skillful that puppets looked as if they were alive. Also, audiences were good at seeing them as lively puppies...

無伴奏ソナタ@サンシャイン劇場

2026年7月22日、サンシャイン劇場にてミュージカル『無伴奏ソナタ』を観劇(2時間45分、休憩込み)。2024年のミュージカル版初演を観て以来、再演を待ち望んでいた作品だったので、今回観劇できて嬉しかったです。 ミュージカル版初演の時には、 当時の記事 に書いたように、役と役者の関係が興味深いと思っていました。それは今回も感じたのですが、2年経った今の感想としては、芸術とは何だろう?人生とは何だろう?といった、より深いところが頭に浮かんでくる上演でした。この2年で世の中が変わったから、カンパニーのメンバーが上演をパワーアップさせたから…と色々な要因があると思いますが、私自身この2年で環境が変わったので、注目ポイントも変わったのかもしれない、と思います。 芸術について 原作がSF小説ということもあり、設定が特殊なのですが、この作品の世界においては、全国民の職業が幼児期のテストで決定されることになっています。主人公のクリスチャンは、作曲家(作中では「メイカー」と呼ばれていました)として生きることが決められます。音楽にかかわる職業は他にもありますが、この「メイカー」は人類の宝のように扱われていて、クリスチャンは親元から引き離され、政府の施設で暮らし、厳しい監視の中、作曲に励む…という生き方をします。ここで「厳しい」と書いたのは、多くの禁止事項が含まれているからです。その中でも、私の心に引っ掛かったのは、メイカーは既成の音楽を耳にしてはならない(周りの人物も、他の人が作曲した音楽を聞かせたり、既にある音楽や楽器に関する情報をメイカーに与えたりしてはならない)という法律でした。クリスチャンは、それが当然と思って30年ほど生きてきたので抵抗する様子もないのですが、現実世界の観客にとっては首を傾げたくなる話です。この法律を持ち出す側の言い分としては「真の芸術はゼロから生まれる」とのことです。これに反対する登場人物もちゃんといて、その人は「芸術は皆模倣から生まれる」と言っていました。もし自分の立場を問われたならば、私も後者の側ですが、どちらが正しいという話以前に「ゼロからor模倣から」という構図を見て取れたことが面白かったです。一応、私も院生・研究者としてやってきたので、この2年で見方が変わったのかな。 人生について そのように生きてきたクリスチャンですが、行き詰まった時、法律を...

ロミオとジュリエット@Pit昴

2026年7月10日、Pit昴にて『ロミオとジュリエット』を観劇(2時間5分、休憩なし)。 終わり方が印象的でした。例えるなら、二歩進んだ新しさ、という感じでしょうか。従来のエンディングと、それに対する最近の上演での傾向、その両方への反応と思える演出でした。 『ロミオとジュリエット』をシェイクスピアが書いた通りにやると、両家の和解で終わります。これは綺麗な終わり方ですが、理不尽なことも多い現代の視点で見ると、綺麗事にも見えてしまいます。その違和感への反応だと推測しますが、最近の上演では、両家が和解しないまま終わったり、形式的に握手はするけれど皆が睨み合ったままであったり、時には従者が突然銃を構えて皆殺しにしたり…と、様々な演出があります。それらは、現代社会への問題提起としては意義のある演出だと思うのですが、やりすぎるとカタルシスを感じることもなくただ怖い上演になってしまう可能性があります。 今回の『ロミオとジュリエット』は、その中間に位置付けられる演出だったと思います。ここからはネタバレ注意なのですが、ロミオとジュリエットの死後、まず、キャピュレットとモンタギューが握手をします。伝統的で綺麗な終わり方かと思ったところで、不穏な音楽と照明とともに序詞役が登場し、新たな憎しみが生まれることを暗示します。悲劇は繰り返されるということで、やはり最近の上演らしい終わり方か…と思ったところで、今度はロミオとジュリエットが登場します。亡霊としてか、回想としてか、見方は観客次第ですが、二人はバルコニーの場面での台詞をもう一度言うのでした。この演出を観た時、社会が荒んでも、大人たちが汚くても、ロミオとジュリエットだけは純粋なのだと思い、綺麗だと思いました。現実味のある部分を見せられた後だからこそ、芝居ならではの美しさが際立って見えました。そういった意味で、喜劇とは違うあたたかさを感じた上演でした。 On 10 July 2026, I saw and heard Romeo and Juliet by William Shakespeare at Pit Subaru in Tokyo. It had an impressive ending, which I thought was a reaction to recent productions, which themselve...

ハムレット@SPAC

2026年7月4日、SPAC(静岡芸術劇場)で『ハムレット』を観劇(2時間20分、休憩なし)。 ハムレットの死後、オフィーリアの視点から潤色した『ハムレット』と謳われていましたが、オフィーリアが「あの時こう思った」などと語るわけではありませんでした。実際のところ、ハムレットの物語を観客に聞かせようと一人登場したホレイシオのもとに、オフィーリアを名乗る者たちが11名出てきて、自分たちでハムレットの物語を語り直そうということになる構成でした。そして、オフィーリアたちの一人ひとりがハムレットになったり、クローディアスになったりして劇が進むというものでした。それなので、オフィーリアたちが再現するという枠組みを借りた『ハムレット』そのもののようでした。その点は予想外でしたが、チラシや公式サイトにある「オフィーリアの視点」という表現の定義は難しいところですよね…。 そんな中、ホレイシオ役の役者はホレイシオのみを演じていました。また、オフィーリアたちの中でホレイシオを演じた人もいませんでした。その意味で、ホレイシオのみがリアルな人間として存在していました(もちろん舞台上でのことなので、完全に現実世界の人間というわけではありませんが)。ホレイシオの語りは時々主観を含んでいて、「ハムレットはそんなことを言わないはず」といった台詞もありました。ハムレットの親友ですから、そういった言葉が含まれるのは頷けることです。 一方、オフィーリアたちによる『ハムレット』の再現は、劇場で上演される芝居のように見えたので、各場面や出来事を「(主観を含まない)そういうもの」として受け止めることができました。オフィーリアの視点も入っているとは思いますが、ホレイシオの一人語りと比べると、オフィーリアたちのやり方の方が客観的に見えました。 ホレイシオの語りと、オフィーリアたちの再現、どちらが正しいとか間違いとかの問題ではないですし、主観的/客観的の良し悪しを決めるものでもありません。ただ、二つの視点を通して、真実とは何か、演劇とは虚構なのか、そういったことを考えるきっかけとなる上演でした。一週間前にシアター風姿花伝で 『ハムレット』 を観劇したばかりということもあり、演劇らしさについて考えを巡らせることが多いこの頃です。 …と、堅い書き方になってしまったので、最後にカジュアルな感想を一つ。今回のホレイシオ、語る...