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The Barber Institute of Fine Arts

バーミンガムにあるThe Barber Institute of Fine Artsへ行ってきました。絵画だけでなく、コインや彫刻も展示されている美術館です。予約は必要ですが、入場無料でした。
作品の時代ごとに展示室が区切られていて、14世紀頃の絵画から近代美術まで楽しむことができました。私の大好きなカナレットの絵画も一点展示されていて、じっくり見てきました。
日本の美術館と比べて驚く点は、ほとんどの作品が撮影可能ということでした。著作権の関係で撮影不可の作品があったり、商業利用は不可という条件があったりしますが、不可でない作品を個人で楽しむ分には撮影可能と入口に表示されていました。日本人の感覚では「スマホのカメラを片手に良いのかな…?」と不安に思いながらも、好きだと思った作品はバッチリ撮影してきました。
絵画は直接鑑賞するのが良いと思っていますが、家に帰った後も見返して楽しめるという意味では、撮影可能は嬉しいですね。

I went to The Barber Institute of Fine Arts in Birmingham with my classmates. The admission fee was free but it was worth visiting. I especially enjoyed a painting by Giovanni Antonio Canale (known as Canaletto).
It was amazing that we can take photos of most of the paintings there. I'd like to see paintings in person, but taking photos is also good because they remind me of the pleasure by the paintings.




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