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Shattered Faces of Piyar Ali at Midlands Arts Centre

2021年12月21日、Midlands Arts CentreにてShattered Faces of Piyar Aliを観劇(1時間、休憩なし)。シェイクスピアの『ペリクリーズ』にインスパイアされて書かれたという、バングラデシュ生まれの英国人の物語です。
劇が始まるまで知らなかったのですが、バングラ(ベンガル語)での上演でした。それなので台詞の内容は把握できなかったのですが、映像や音楽の使い方が良かったです。小道具はスーツケース一つで、主人公が自我を求めて旅をするという一人芝居でした。だからこそ、言葉が分かればなぁ…という気がしましたが、数ヶ月以内に英語字幕のものが出ると聞いたので、楽しみに待ちたいと思います。
この作品は、私の友人が博士課程の一環として脚本と演出を担当したものでした。会場のポスターには、役者の名前よりも先に指導教員の名前が出ていて、こういった形の研究活動もあるのだと知り驚きました。イギリスの大学院でバングラ(ベンガル語)の作品を執筆するというのは国際的です。脚本・演出家の勇気と指導教員の根気に尊敬の念を抱きました。

On 21 December 2021, I saw and heard Shattered Faces of Piyar Ali at Midlands Arts Centre. The play was inspired from Shakespeare's Pericles, and it was about a Bangladeshi-British man searching the selfhood. 
To my surprise, it was performed in Bengali. Then, to be honest, I couldn't understand the character's lines, but I liked how they used video images and music. They say English subtitles will be available in a few months, so I look forward to that time.
This play was written and directed by a friend of mine as a part of his PhD project. I was surprised that they had this kind of PhD project, and I admire such an international attempt to make a Bengali play at a British university.




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