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Henry VIII at Shakespeare's Globe

2022年10月6日、Shakespeare's GlobeにてHenry VIIIを観劇(2時間30分、休憩込み)。以下、ネタバレ注意です。
ウィリアム・シェイクスピアとジョン・フレッチャーによる共作ですが、公演プログラムには"in collaboration with Hannah Khalil"とあり、現代の作家による手が加えられていたので、アダプテーションと言えるかもしれません。原作にはない歌や台詞も聞こえてきました。そのような台詞の追加で気になったのは、Much Ado About Nothingからの引用が二ヶ所あったということです。一つは離婚を言い渡された王妃キャサリンに対する歌の歌詞で、"Sigh no more, let them go"とバルサザーの歌が引用されていました。もう一つはまさにエリザベスを出産する場面でのアン・ブーリンが、苦しみながら"The world must be peopled"とベネディックの台詞を言っていたことです。Much Ado About Nothingは今シーズンのグローブ座のラインナップに入っている作品なので、同時に観たら面白いだろうなと思いました。

(Caution: contains a spoiler.)
On 6 October 2022, I saw and heard Henry VIII by William Shakespeare and John Fletcher at Shakespeare's Globe. The production can be labelled as an adaptation, because the programme said it was "in collaboration with Hannah Khalil" and some lines were added by the modern writer. I found it interesting that some of added lines were brought from Much Ado About Nothing. When the Queen Katharine was sentenced the divorce, there was a song. A part of the lyrics was "Sigh no more, let them go", which was Balthasar's song. Also, when Anne Bullen gave birth, she said "The world must be peopled", which was Benedick's line. Much Ado About Nothing is also performed in this season at the Globe, so I think we can enjoy the similarity.



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シェイクスピア作品上演企画「イエローヘルメッツ」が、今年の夏も公演を行います。今年の作品は『ハムレット』です。最近上演されることの多い作品、イエローヘルメッツ版はどうなるのか、お楽しみに! 公演概要 イエローヘルメッツ vol. 5『ハムレット』 2026年7月16日(木)~20日(月祝)@すみだパークシアター倉 詳細、チケット購入は こちらから そして、7月16日(木)の公演終了後に行うイエローヘルメッツ解剖講座にて、今回も講師を務めます。シェイクスピアの『ハムレット』の小田島雄志訳と、山崎清介さんによる『ハムレット』の脚本を比較し、イエローヘルメッツがつくる「難しすぎず簡単すぎないシェイクスピア」を解説していきます。…というのはいつもの「型」ですが、近年はありがたいことにワークショップなど色々な機会を持たせていただいているので、講座でも話の広げ方など少しずつ変化を持てたらいいなと思っています。よろしくお願いします!

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