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天保十二年のシェイクスピア@日生劇場

2024年12月21日、日生劇場にて『天保十二年のシェイクスピア』を観劇(3時間35分、休憩込み)。
シェイクスピアの全作品が散りばめられた作品なので、各場面にクライマックスがあるように思いました。そのような中で、作品全体のクライマックスで鏡が出てきたことには、象徴的な意味があったと思います。『天保十二年のシェイクスピア』の終盤では、悪役への復讐として、その醜さを直視させるために鏡が使われていました。シェイクスピアの戯曲には、対立、反逆、狂気、取り違え、嫉妬など様々な要素がありますが、作者・井上ひさしにとってのシェイクスピアは、とりわけ"reflection"がキーワードなのかと思いました。日本語の適訳が思い浮かばないのですが、芝居が世相を映す、観客が登場人物を見て自分を見つめ直す機会を得る、という意味での「映す/映る」ということです。そのことに気付けたので、今回の観劇は興味深いものでした。
2020年に観劇してから4年以上経ち、シェイクスピア作品への直接的・間接的言及が分かる箇所は増えました。それでも、37作品全てに気付くには至りませんでした。まだまだ修行が必要だと思いました(笑)

On 21 December 2024, I saw and heard Tempo 12-nen no Shakespeare by Hisashi Inoue at Nissay Theatre in Tokyo. 
As the plot of the play was woven from all of the Shakespeare's plays, each scene had a climax, such as love, reunion, death, and so on. In the very last climax at the end of the play, a character brought a mirror (or a glass) for revenge, which was iconic. She brought it in front of the Richard-like villain, who had killed her twin sister and her husband, so that the villain could face how ugly and cruel he was. Seeing this scene, I thought that Hisashi Inoue, the playwright of the play, picked up "reflection" as the main keyword that Shakespeare's plays had, among a lot of themes and elements there, such as conflicts, rebellions, madness, misunderstandings, jealous, and so on. Reflection is an important concept because plays often reflect the world and characters on stage often reflect audience members or even the general public. Finding this, I enjoyed the production.
I had seen the same production in 2020. I have been studying Shakespeare, so I could find many mentions and allusions to Shakespeare's plays this time, but not all of them. I should study harder ;)



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冬物語@吉祥寺シアター

2026年9月19日、吉祥寺シアターにて『冬物語』を観劇(2時間30分、休憩込み)。 演劇集団円×中屋敷法仁によるシェイクスピアのロマンス劇という共通点のため、2023年の 『ペリクリーズ』 を思い出す上演でした。これは、似ているから新鮮味がないというのではなく、似たものを両方見たからこそ、シェイクスピアが『ペリクリーズ』でも『冬物語』でも(もしかしたら他の作品も含めて)描きたかった共通のテーマを感じ取れたと思います。 例えば『冬物語』における、主人公を手助けする羊飼いたち、「時」の存在、家族が生きていたと気付き始めて心を乱すレオンティーズ、再会の場面での音楽の役割などは、『ペリクリーズ』における漁師たち、ガワーという語り手、同様に心を乱すペリクリーズ、サイサが息を吹き返す時やマリーナと再会する時の音楽、といった要素と呼応します。それらの並列を通して、私が思うシェイクスピア(のロマンス劇)的なテーマは、一つには語り手の口を借りたり音楽を用いたりして観客の想像力をかき立てること、そしてもう一つは登場人物がそう信じればそれが真実になるということだと思いました(後者も想像力と言えばそうですね)。ハーマイオニの石像が動き出す場面など、文字で追うだけでは滑稽にも見える種明かしですが、レオンティーズたちが「今にも動き出しそうだ」と心からそう言って、それが本当に動き出し、レオンティーズがやっとハーマイオニの手に触れる、という場面だから観客も感動するのだと思いました。 作品のジャンルによって程度の差はあるものの、演劇というメディア自体、想像力を必要とするものです。そのことを、教わるのではなく、観劇を通して実感できてよかったです。

シークレットステージ@ぴあシアター

2026年9月18日、ぴあシアターにて『シークレットステージ』を観劇(2時間35分、休憩込み)。 劇中劇やリハーサルの場合もあるという、バックステージものの新作ミュージカルでした。そのような枠組みの作品は、例えば『HEADS UP!』(2015年、2018年)や 『The Play That Goes Wrong』 (2022年)のように、笑えるものが多いと思っていました。今回観劇した『シークレットステージ』は、第1幕はそういった雰囲気でしたが、第2幕はより深い内容で、対照的でした。その理由を考えてみた時、生と死を感じさせる内容だったからだと思いました。劇中劇のプロットや登場人物の回想など、目に見える範囲で生と死が描かれていたこともありますし、(劇中・現実問わず)劇団や役者が活動を終えたり、新しい劇場ができてそこから歴史が積み上がっていくなど、メタ的に生と死が感じられるものでもありました。ぴあシアターという、オープンして間もない会場で観劇したので、尚更そう思ったのかもしれません。 (開場中は写真撮影OKでした。)

チャリング・クロス街84番地@あうるすぽっと

2026年10月9日、あうるすぽっとにて劇団昴の『チャリング・クロス街84番地』を観劇(2時間5分、休憩込み)。 イギリスの古書店と、その客でアメリカに住む作家との間の、手紙のやりとりを描いた物語でした。舞台は20世紀半ばで、インターネットなどもなく、コミュニケーションには時間がかかる時代です。しかし、登場人物たちが相手からの手紙や注文した本を待つ時間は、相手のことを思う時間であり、あたたかいものに見えました。実際、作家は古書店で働く人たちのために時々プレゼントを贈ったり、古書店の方は注文の品以外にも相手が気に入りそうな本を選んだりしていましたが、それらは「これを贈ったら喜んでくれるか」「こういうものの方が気に入るかも」などと相手の顔を想像する時間です。私はそこにあたたかさを感じたのだと思います。 現代は技術の進歩もあり便利な時代です。しかし、人々の生活のペースが速く、コミュニケーションにかける時間も短くなっているように思います(送受信といった実際のやりとりの時間も、相手のことを考えるといった心理面での時間も、両方です)。この作品は、観劇したり読んだりする人の世代や生活スタイルによって見え方が異なるのかもしれません。アナログな時代を「優しい時代だった」と懐かしんだり、時間がかかることを「面倒くさい」と思ったり、逆に新鮮で面白いと感じる人もいるかもしれません。私はこの作品のアナログなところを好きだと思いましたが、それは舞台上演(生の演劇)というそれ自体アナログなメディアに興味関心を持っているからだと思います。 そういった意味で、時代の流れ、人々の変化、自分の内面にある「なぜ?」と向き合うきっかけをくれた、素敵な作品でした。